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"ハートがなければ意味がない"
"らせん"がぶっ放すすべての音が、ひとつの塊となり「螺旋」を描く。
切れ味鋭い爆音ギター、歌いまくるディストーションベース、生き様を
激しく叩きつけるドラム・・・。3ピースというロックの最小単位から
放たれるのは、強烈なリズムのレールの上に、サイケデリック/パンク/
ニューウェイヴ/ハードコア等、様々なルーツをぶち込んだサウンド、そ
して魂の叫びともとれるハイトーンヴォイスだ。
nil、THE RODEO CARBURETTOR、my way my love、アルカラ、THE
JERRYら屈強のライブバンドとの対戦を重ね、山口はあのELECTRIC ELL SHOCK
のヨーロッパツアーのサポートドラマーに抜擢されるなど、今ギラギラに油の
乗ったこの男達。満を持してリリースされる、3人の熱いハートを濃度100%
注入した1st Mini Album 『俺を愛せ!』、そして凄まじい音圧と強靭な
演奏力でたたみかけるライブが、今日も観る者の心に風穴を開ける!
◆history of らせん
| 2003.1 | 「もう一度自分のやりたい音楽を!」と地元仲間である谷口と山口の二人でスタジオセッション開始。その後、前任ベーシスト加入。バンド名は 「んせら」に。 |
| 2004.2 | 東京での初ライブとして原宿RUIDO出演。 |
| 2004.3〜 | 関西を中心に精力的にライブ活動を行う。 |
| 2005.5 | 前任ベーシストが脱退。サポートベーシストとして吉見伊三男が参加。 |
| 2005.7 | 谷口、山口からの熱烈ラブコールに屈し、吉見が正式加入。 バンド名を「んせら」から「らせん」に、吉見から「"ビルマ"イサヲ」に変更。 |
| 2006.2〜 | 大阪心斎橋DROP出演。谷口の敬愛するnilの前座を務める。 |
| 2006.7〜2007.8 | 06'7月1stシングル「R&R PG/65億分の1という可能性」、 06'11月2ndシングル「Cry-in'/100 or more」(廃盤)、 07'4月3rdシングル「I'm so happyという瞬間/どこみてんだ」、07'8月4thシングル「プリーズ・ミスターレインマン/Don't worry be happy」をリリース。 |
| 2007.7.8月 | DR山口公章、ELECTRIC EEL SHOCKのサポートドラマーを務め、8月のヨーロッパツアーに参加。直後にらせんとして8月21日岡山ペパーランドを皮切りに、「プリーズ・ミスターレインマンツアー2007夏」敢行。その後、初のらせん企画イベントとして「I'm so happyという瞬間vol.1」を大阪十三ファンダンゴにて成功させる。以後定期的にこのイベントをファンダンゴで開催。 |
| 2008.2 | FM802『DJ MARK'E's SONIC STYLE』企画イベント、『MUSIC CHALLENGE-堺から世界へ-』の一次審査突破、そして中百舌鳥マッシブにて行われた二次審査『CATCH A WAVE』に勝ち抜き、ファイナルへ進出。 |
| 2008.9.3 | ついにらせん1st MINI ALBUM『俺を愛せ!』を全国リリース!20日心斎橋DROPでのレコ発イベントは大盛況に終わり、翌日から東名阪、九州まで20カ所以上を巡る「俺を愛せ!ツアー」を始動。 |
| 2008.11.2 | 念願のMINAMI WHEEL初出演。KING COBRAが異例の入場規制。 |
| 2008.11. | 21日の「俺を愛せ!ツアー」ファイナル(十三FANDANGO)、26日FM802presents「MINAMI WHEEL meets MUSIC CHALLENGE」(中百舌鳥CLUB MASSIVE)に出演が決定するなど、年末年明けにもイベント目白押し!!今完全に勢いづいて自分を見失いつつある。 |